英語で英語授業

ヤフーのニュースで「英語で英語の授業」を行うという、記事を見ました。


その記事によると、

「22日に公表された新しい高校学習指導要領案。英語は教員が英語で指導することが盛り込まれた。」そうです。


ほんと、おバカな役人には困ったものです。


ハッキリ言って、文部科学省は現場のことなんて何もわかっていませんし、だいたい、ほとんどの英語教師は日本の大学で、日本語で英語の教え方を学んでいる訳です。


それを、英語教師だから、英語で教えることが可能と考えているのが浅はかすぎます。


僕は、この案には反対です!


実際、カナダに来て、英語を母国語としない、いろいろな国の人にあいました。


日本人は、自分で思っているほど、英語が出来ないわけではありません。


中学校、高校で、普通に勉強してきた人であれば、大丈夫です!


しかし、そこには大きな壁があります。


何か?


それは、発音(スピーキング)とリスニングです。


英語は日本語以上に、発音とリスニングが大事です。


特にリスニングは重要です。


外国人の話す日本語ってアクセントがあると思いませんか?


それは、その人達の母国語にアクセントがあるから、どうしても、日本語を話す時もアクセントをつけてしまうのです。


実はそこが、かなり重要です。


例えば、日本語でバニラアイスが食べたい時に、

ニラアイス、バラアイス、バニアイス、バニライス、バニラアス、バニラアイと、色々なアクセントで仮に注文したとしても、ほぼ通じると思います。
(例えば、地方出身の人は訛った話し方をしますが、方言でない限り理解することは可能ですよね。)

実はビクトリアにいた時に、これ↑で失敗しました(^^;)(詳しくはこちら→バニラ?)


日本では、日常生活でも、たくさんの英語が氾濫しています。


しかし、実際に日本人の発音では、ネイティブには通じないことなんて、よくあります。


「アクセント」が違うだけでもです!
(上のバニラの場合は、アクセント+発音も違いますが(^^;))


なぜか?


それは、ネイティブにとって聞いたことがない音(間違った発音)だからです。


会話の中の単語の一つや二つであれば、会話の流れから何が言いたいのか推測することが出来るので、相手も理解してくれます。


しかし、短い会話や、単語のみの場合、その音が伝わらなければ、理解してもらうのは不可能です。


僕自身、何度もそういうことがあります。


そのつど、スペルを教えて、発音を教えてもらったりして、なおしています。


逆に考えると、スピーキングを伸ばしたければ、リスニングが一番重要だと言うことです。


聞いたことの無い音は、発音することは出来ません。


ということは、聞き取れない音は発音できないのです。


子供を考えたらわかると思います。


小さな子供は親が言った音を、真似して発音します。


なので、スピーキングを伸ばしたければ、正しい音をリスニングする必要があるのです。


よく、「聞き流すだけで〜」なんて広告があると思いますが、間違ってはいません。


ただ、残念ながら、本当に聞き流しているだけでは、絶対話せるようにはなりません。


聞き流しているだけでは、音を聞き取れるようになるだけで、内容を理解しているわけではないのです。(言うまでもありませんが、当然、話すには、話す練習が必要ですし。)


もし、帰国子女の英語教師や、留学経験のある英語教師、と言った、ネイティブに近い発音の出来る英語教師であれば、この正しい音を発音することができ、「英語で英語授業」には意味があるでしょう。


しかし、そんな教師がいったいどれほどいるのか?


そもそも、英語で英語の授業を出来るだけの、能力のある教師がいったいどれだけいるのか・・・。



楽しくリスニングを伸ばすにはこちら↓がオススメです^^
(カナダに来て全シリーズ買ってしまいました(笑))
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テーマ : 英語・英会話学習 - ジャンル : 学校・教育

コメント

■英語授業は「英語で指導」に教育現場は賛否両論(東奥日報より)−今までがおかしいので、当然の措置か?

こんにちは。今回の改訂はおおむね妥当だと思います。単語数も増えたので、教科書にも様々な表現を盛り込むことが可能だと思います。使える単語が少ないとどうしても、ネイティブがみると変な表現になってしまう場合も多いと思います。和訳はやらないことになると思います。しかし、これもあまり心配す必要はないト思います。正確無比に和訳することよりも、コミュニケーションに力を入れたほうが良いと思います。日本語に翻訳することにこだわり続けると、本当の英語力はつきません和訳しなくても文章の内容をきちんと理解するようにしていれば、日本語が母国語の人なら、たとえば、入試問題で一部和訳しなさいという問題が出ても十分正確に答えられます。逆に正確に和訳することばかりに努力を傾注すると、頭の中に日本語が残っておしまいになります。今回の改訂、生徒に抵抗がある人がいることは理解できますが、学校の先生に抵抗があるとしたら、とんでもない無責任だと思います。詳細は、是非私のブログをご覧になってください。

yutakarlsonさん

コメントありがとうございますm(__)m
ブログも拝見させてもらいました。

僕のブログに書いてますが、反対している主な理由は発音です。
現場の英語教師全てが、英語をネイティブ並みに話せるわけではありません。
むしろ、ほとんどの教師が話せないでしょう。
yutakarlsonさんのブログでは、先生の努力で、補えるというような感じを受けましたが、これはかなりの時間がかかります。
また、大学はある程度生徒のレベルが同じです、
だからこそ、日本語の話せないネイティブスピーカーによる講義でも可能なのです。
出来なければ、その生徒の努力が足りないで良いわけですから。
しかし、高校まではそういう訳にはいきません。
それに、教師の仕事は、授業だけではありません。
実際には、担任を持ったり、クラブ活動をみたり、その他にもいろいろな仕事があります。
もし、「教師は生徒に担当教科を教えるだけでいい」と言うような、仕事にするのであれば、yutakarlsonさんの言うように、勉強する時間も十分取れるとは思います。
確かに、あまりにも勉強しなさすぎの教師がいるのも事実ですが。

また、ほとんどの日本の英語学科の大学では、英語の授業の仕方を日本語で学んでいると思います。(間違っていたら、すいません。)
にも関わらず、英語教師なのだから、英語で授業をしなさい、と言うのは順番が違います。
まずは、大学において、「英語での英語の指導法の仕方を導入」→その後、その授業を取った教師に英語での英語の授業をやらせる、などの手順をふまなければ、犠牲になるのは生徒です。

この二つの部分が、もし改善されるのであれば、僕も英語の授業を英語でするには反対はしません。
それにも関わらず、出来ない教師がいれば、それはその教師の責任でしょう。

ハッキリ言って、今回の文部科学省の決定はいつもにも増して、お粗末すぎると思いますよ。
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